山梨県の中央部に位置するハートの形をした甲府盆地。
実は甲府盆地は3つのプレートがせめぎあう地質学的にも珍しい場所。それゆえ、盆地周辺は標高100メートルから3,700メートル以上、暖帯から寒帯に及ぶ地勢を持つ、まさに地球の縮図のよう。
それを裏付けるように、甲府盆地を挟んで世界文化遺産(富士山)、3つの国立公園(富士箱根伊豆、南アルプス、奥秩父)、国定公園(八ヶ岳)、2つのユネスコエコパーク(南アルプス、奥秩父)が分布しています。指定地域がこれだけ『押しくらまんじゅう』している地域も珍しいでしょう。
プレートが出会う甲府盆地はそれだけで奇跡なのでしょうか。
今回はそんな甲府盆地の特徴、魅力を掘り下げていきます。
2024年5月に廣瀬は甲府ユネスコ協会の会長に就任しました。
ちょうど先日(令和6年8月18日)、総合市民会館で甲府ユネスコ協会の活動報告会が開かれ、甲府盆地の独特な地形やそのゆえの恩恵について紹介し、甲府盆地を中心としたエリアも自然公園「日本ジオパーク」に認定したいと訴えました。
豊かな自然や安心できる社会環境は、ユネスコの理念である「平和な社会」を築いていく上で土台となります。甲府、山梨の地域文化や自然を次世代へつなげていくために甲府ユネスコ協会にできることは何か?会長に就いてからそんなことを廣瀬は考えてきましたが、その答えの一つが「甲府盆地を中心としたエリアをジオパークに!」でした。
この記事の目次
甲府盆地とは?〜3つのプレートがひしめきあう世界的に希有な場所
甲府盆地は、北縁は関東山地、南縁にフォッサマグナの一部(御坂山地)、西縁は南アルプスで囲まれた盆地。
3つのプレート(ユーラシアプレート、北アメリカプレート、フィリピン海プレート)がせめぎ合う、世界的にも珍しい場所。このような複数のプレートが重なり合う場所は世界的にもまれで、2019年4月に放送されたブラタモリでも『ミラクル盆地』と紹介されました。⇒ブラタモリ『#130 甲府盆地「ミラクル盆地は試練がいっぱい~」2019年4月13日放送』
『甲府盆地』の特徴、地理的背景
甲府盆地には特殊な地形があります。また、近くには富士山など登録遺産も。まずは甲府盆地の地形の特徴をご紹介します。
甲府盆地は昔は湖だった⁉今も甲府盆地には大きな地下水湖がある
「甲府盆地はかつて満面の水をたたえる湖だった」
そんな湖水伝説の言い伝えが残るのが、甲府の市街地にある穴切大神社です。
この神社には、和銅(708〜715年)に当時の甲斐国司が甲府盆地の湖の水を抜いて土地として利用するため、盆地の南側にある鰍沢口を開削して富士川へ水を落としたとの言い伝えがあります。
この鰍沢口は「禹之瀬(うのせ)」と呼ばれ、周辺の他の寺社にも同様の言い伝えが残されています。開削した者が神仏(国建神、蹴裂明神など)、国司、僧侶と違いはあるものの、掘削場所は「禹の瀬」で符合しているのです(日本歴史地名大系 「鰍沢町」)。鰍沢の禹之瀬には蹴裂明神(けさきみょうじん)が祀られています。
穴切大神社は昔から「穴切明神」として親しまれてきました。本殿は建立年代は不明なものの、様式から安土桃山時代に再興されたと考えられており、国の重要文化財に指定されてます。また、周辺一帯からは縄文時代、弥生時代、古墳時代(古墳群)、平安時代の遺跡が出土しているので、縄文から弥生、古墳、平安時代と人が住んでいた地域、歴史が継続して記録されうる地域であったと考えられます。
そのような地で湖水伝説が残っていることは私たちの興味をかき立てます。湖水伝説は他にも、佐久神社(甲府市)、苗敷山穂見神社(韮崎市)、神部神社(南アルプス市)などにもあります。
専門家によると、以下のようも記載されており、湖水伝説はただの伝説ではなさそう。
出典:https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202002259126721101
- 約1万年前から現在までに甲府盆地が常在する湖だったことを示す地質学的証拠はなく、曽根丘陵の眼下に位置する甲斐銚子塚古墳や丸山塚古墳など(中略)、四世紀後半〜五世紀初頭の甲府盆地南東部は古墳築造が不可能な湖沼ではなかったことを示している。
- しかし、曽根丘陵断層帯は約1万年前以降に活動したことが知られており、その際に富士川上流部を付近の山々から崩落した土砂や山塊が塞ぎ、一時的に甲府盆地が湖の状態になった可能性はある。
- 一方、更新世後期(約13万年前~約1万年前)には、甲府盆地北部地域からナウマンゾウ化石を含む湿地性堆積物が産出し、甲府盆地は一時的に湿地あるいは沼地の状態にあったと推定される。
はっきりしたことは時のしじまに。それでも甲府盆地が湖であった期間が、古代、中世、近世の時代にあった可能性はあり得るということです。
南アルプス東麓や北麓、八ヶ岳南麓、奥秩父、御坂山地を湛える豊富な水量は支流を経てやがて釜無川や笛吹川となり富士川に合流します。高山や大きな山塊など山々から流れる水が集まるわけですが、それがぜんぶハート型の盆地の下のすぼみ部分に向かって流れるので、増水時には相当な水量になることが容易に想像できます。
その栓のようになっていた「禹之瀬」を切り開いたことで盆地の湖は消えたという伝説ですが、そうであれば、巨大な湖を人間の知恵で形を変えて水田や住む場所としたのも、文化的アイデンティティと言えそう。
そして実は今も甲府盆地には大きな地下水湖があるとか。
甲府盆地の地下に広がる不透水層があり、今も大きな地下水湖が存在していることが専門家により指摘されてます。それもやはり、『禹の瀬』の地下に潜む天然ダムから富士川へ放流されている、とのこと。詳しくは後述します。
扇状地の多さ・地下水の豊富さ
甲府盆地の特徴と言えば扇状地です。
長い時間をかけて川が山から土砂を運び、それが堆積してできた地形が扇状地。扇状地は水はけがよいので葡萄や桃の栽培に適しています。山梨県が果樹の県であるのは、水はけの良い扇状地に恵まれた甲府盆地とその周辺の地形が関係していることになります。
まず、甲府盆地の縁辺部分には大きな扇状地が広がっています。たとえば釜無川や御勅使川の扇状地です。これらの河川は、隆起速度がヒマラヤ並みに速いと言われる南アルプスから土砂を日々運ぶため、大規模な扇状地が形成されました(下の写真)。
南側の御坂山地、東側・北側の秩父山塊・関東山地(甲武信ユネスコエコパークなど)のすそ野でも扇状地が広がります。これらの山地で降った雨が支流を形成し、やがて笛吹川になるわけですが、そこに大きな扇状地が形成されました(下の写真)。
また、甲府市街地を見ても、河川が形成した扇状地が多数みられます。甲府盆地の北部を扇頂とする相川扇状地、高倉川扇状地、荒川扇状地などです(下の写真)。
このような扇状地の散在が豊かな風土を生み、上述のとおり果樹栽培やワイン生産などの文化に結実したわけですが、地下の帯水層もまた甲府というアイデンティティを形成する一助となりました。
甲府盆地は後期更新世~完新世の砂礫層が厚く堆積しているため、これまで盆地下の構造はよく分かっていませんでした。しかし最近、温泉や地下水採取のボーリングなどで地質資料が蓄積され、甲府盆地の地下構造が分かってきました(下表)。
このように、岩相が異なる地下の深さで地下水を取り分け、生活用水や農業用水、工業用水、温泉に活用しているわけです。
温泉〜8つの泉質が味わえる
山梨の天然温泉にいったことがあれば、一度は目にしたことがあるであろう田中収先生の温泉解説パネル。田中先生は大月短期大名誉教授(地質学)で、これまで山梨県内で40カ所以上の温泉開発に関わられています。地質学者として山梨や甲府の地質について長年研究を続けられています。
毎日新聞『多様な泉質育む地質 大月短大・田中収名誉教授/山梨』
廣瀬が高校時代に出会った田中先生の著書(『山梨県 地学のガイド』コロナ社)によると「甲府盆地の地下には広い範囲で不透水層が広がっており、そのため大きな地下水湖が存在し、鰍沢禹の瀬の天然ダムから富士川へ放流されている」とのこと。
「地下水湖最深部には化石水と呼んでいいような数百年、数千年前の雨水が蓄えられて、それが深層熱水的温泉として利用されている」といいます。
そのため、山梨の温泉では8つの異なる泉質が楽しめます。それは、4つのプレートのダイナミクスと、フォッサマグナ・中央構造線といった大断層が生み出す温泉環境、まさに地球の恩恵です。
八ヶ岳〜国定公園
八ヶ岳は山梨県と長野県にまたがる火山。かつては現在の中岳(赤岳と阿弥陀岳の間)付近が高く、その標高は3,400mほどだったと推定されています。
その後25万~10万年前くらいに日本最大級の山体崩壊。その岩屑なだれが甲府盆地まで達し、それが甲府盆地を平坦にしたという説もあります。
韮崎などの地元には今も「八ヶ岳は富士山にげんこつされて(または、蹴り飛ばされて)低くなった」という伝承が残されています。
富士山〜世界文化遺産
富士山周辺地域は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。古来よりつづく富士信仰、浮世絵など国内の芸術において重要なテーマ、題材であったことが登録理由となりました。
構成資産の登録対象は25件、富士山域や浅間神社、河口湖などが含まれます。
(出典:中部地方整備局富士砂防事務所ホームページ、当該ページの URL:https://www.cbr.mlit.go.jp/fujisabo/oshirase/fujiazami/fujiazami_57/fa57-1.html)
南アルプス〜ユネスコエコパーク、環境省国立公園
南アルプス(赤石山脈)は、山梨、長野、静岡にまたがる山地で、「南アルプスユネスコエコパーク」「環境省南アルプス国立公園」、山梨県側は「南アルプス巨摩県立自然公園」に指定されています。
南アルプスには日本第2峰の北岳があり、さらに9つもの3,000m峰があり、日本のアルピニズムの形成にも深く関わってきました。
どうしてユネスコエコパークに登録されたの?
南アルプスは国内屈指の高山環境で、そこには固有種が生息する点、またそのふもとでは山岳信仰や民俗芸能、食文化などの固有の地域文化が形成されてきた点が評価されて登録に至りました。
甲武信ヶ岳周辺地域〜ユネスコエコパーク
甲武信ヶ岳周辺地域は生物圏保存地域エコパークに登録されています。
甲武信ケ岳(2475m)を中心とした山梨、埼玉、東京、長野の4都県にまたがるこの地域は奥秩父と呼ばれ、千曲川、荒川、笛吹川、多摩川など大きな河川の水源です。また、絶滅危惧種のチョウなど希少な生き物が生息している点が登録の理由となりました。また山梨県を中心にブドウやモモなどの農業活動も登録理由に挙げています。
このように見てくると、世界文化遺産(富士山)、3つの国立公園(富士箱根伊豆、南アルプス、奥秩父)、1つの国定公園(八ヶ岳)、2つのユネスコエコパーク(南アルプス、奥秩父)が甲府盆地を取り囲むように分布していることがわかります。
今山梨県で保全の指定に取り残されたのは甲府盆地だけ!器を愛でる日本人がなぜ日本最大級のハート型甲府盆地にどのようなまちを盛り付けていくか、話題にしないのでしょうか?甲府盆地は丸ごとパワースポット。ジオパークに登録することで、甲府盆地の環境を守る心が育っていきます。そして、甲府盆地がジオパークに登録される資格は十分あるように感じます。
ジオパークとは?
ジオパーク(geopark)とは、地質的に地球科学的に特有の価値を持つ地域を保全し、教育や観光活用など持続可能な開発を進めるプログラムです。
ジオパークに認定されると、そのジオパークで見どころとなる場所を決め(ジオサイト)、将来持続的に観光資源や保全対象として魅力の発信、持続利用できるよう官民協働の保護・保全が可能となります。
ジオパークには2種類、日本ジオパークと世界ジオパークがあり、2024年6月時点で日本ジオパークは46地域、そのうち10地域が世界ジオパークに指定されています。また、これとは別に9地域がジオパークを目指しています。
ユネスコ日本ジオパーク
日本ジオパーク委員会が認定します。登録地域は以下の46地域です。あなたが住む街の近くにどんなジオパークがあるか探してみましょう♪
日本ジオパーク
■北海道
アポイ岳(北海道)
洞爺湖有珠山(北海道)
白滝(北海道)
とかち鹿追(北海道)
十勝岳(北海道)
三笠(北海道)■東北
下北(青森県)
三陸(青森県、岩手県、宮城県)
八峰白神(秋田県)
男鹿半島・大潟(秋田県)
鳥海山・飛島(山形県、秋田県)
ゆざわ(秋田県)
栗駒山麓(宮城県)
磐梯山(福島県)■関東
浅間山北麓(群馬県)
下仁田(群馬県)
秩父(埼玉県)
筑波山地域(茨城県)
銚子(千葉県)
箱根(神奈川県)
伊豆大島(東京都)■中部
伊豆半島(静岡県)
糸魚川(新潟県)
佐渡(新潟県)
苗場山麓(新潟県、長野県)
南アルプス(中央構造線エリア)(長野県)
立山黒部(富山県)
白山手取川(石川県)
恐竜渓谷ふくい勝山(福井県)■近畿・中国
南紀熊野(奈良県、和歌山県)
山陰海岸(京都府、兵庫県、鳥取県)
隠岐(島根県)
島根半島・宍道湖中海(島根県)
萩(山口県)
Mine秋吉台(山口県)■四国
室戸(高知県)
四国西予(愛媛県)
土佐清水(高知県)■九州
https://geopark.jp/geopark/
島原半島(長崎県)
阿蘇(熊本県)
おおいた姫島(大分県)
おおいた豊後大野(大分県)
霧島(宮崎県、鹿児島県)
桜島・錦江湾(鹿児島県)
三島村・鬼界カルデラ(鹿児島県)
五島列島(下五島エリア)(長崎県)
ユネスコ世界ジオパーク
世界ジオパークはエコパークと同じく国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)により登録され、保全、教育、ジオツーリズムを目的としています。2024年3月で、日本国内での登録地域は以下の10箇所です。ユネスコ世界ジオパークは、48か国213ヵ所です。
洞爺湖
https://jgc.geopark.jp/ugg.html
有珠山アポイ岳
糸魚川
隠岐
山陰海岸
室戸
島原半島
阿蘇
伊豆半島
(出典:日本ジオパークネットワーク公式ページ)
ジオパークを目指す地域
2024年6月時点で国内でジオパークを目指しているのは以下の9地域です。
古関東深海盆
https://geopark.jp/geopark/
蔵王
飛騨山脈
那須烏山
三好
大雪山カムイミンタラ
喜界島
せとうち讃岐
やまなし上野原
山梨県内では上野原地域で「やまなし上野原ジオパーク構想」が立ち上がり、ジオパーク登録を目指しています。詳細は以下でご覧になれます。
甲府、山梨の地域文化や自然を次世代へつなげていくために、このような地形的背景と特徴を持つ甲府盆地を中心としたエリアをユネスコ日本ジオパークに認定したいと廣瀬は考えています。