『地域総合子ども家庭支援センター・テラ』へお話を伺いました

2021年12月28日

昨今、子どもの虐待事件が社会問題になっています。

「山梨立正光生園」は2021年、子どもが家庭で健全な養育を得られるよう、専門スタッフなどを配置して包括的に支援する「地域総合子ども家庭支援センター・テラ」を運営スタート。

今回はそんな「地域総合子ども家庭支援センター・テラ」に伺い、設立の背景や家庭内子ども虐待の状況・課題などをお聞きしました。

山梨立正光生園とは?

山梨立正光生園は山梨県甲府市を拠点に、1940年創設以来80年以上にわたり、保育所をはじめとして、乳児院や児童養護施設、母子生活支援施設、児童養護施設などを運営してきた社会福祉法人です。

もともとは、遠光寺(甲府市伊勢町)のご住職が境内に山梨立正保育園を設置したのがはじまり。その後、授産所、乳幼児健康相談所、児童文庫などその時代時代のニーズにあわせて子ども家庭福祉事業に取り組んできました。戦後は、戦災孤児の受入れや母子寮の開設などにも取り組みました。

そのように時と知をかけ、「子どもの養育」において地域で中心的な役割を果たしてきました。

児童福祉法が抜本改正。『国・地方公共団体は家庭における養育を支援しなければならない』の条文追加

2016年、児童福祉法が抜本改正され、第1条に初めて「子どもの権利主体性」が明定されました。

加えて、児童福祉法第3条の2では、『国及び地方公共団体は、児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう、児童の保護者を支援しなければならない』という条文が加えられました。これにより、これからは市町村が中心となって、家庭の子どもを支援していくことになりますが、まだ具体的にはあまり進んでいません。

そのような背景にあって、山梨立正光生園は地域総合子ども家庭支援センター・テラを設立。長年培った『子どもの養育・養護』の支援のノウハウを活かし、子ども養育に課題のある家庭への在宅支援を主軸に、家庭で育てられない子どもの里親開拓(フォスタリング)事業も開始、これらの活動はこれから国や地方公共団体が打ち出す子ども家庭支援施策のモデルとなっていくでしょう。

『子どもの養育』、長年の実績。その次へ

センターの完成予想模型(地域総合子ども家庭支援センター・テラ様よりご提供)

同センターは2021年4月から稼働。その業務は、地域の子どもの健全な養育をサポートするための『4つの事業』で構成されます。

①在宅支援事業(子ども家庭支援センター・テラを含む)
②里親養育包括支援事業(フォスタリング機関)
③子ども家庭福祉ソーシャルワーク専門職養成研修事業および関連調査研究
④子どものこころのクリニック・テラ(小児精神科、児童精神科、小児科)

(地域総合子ども家庭支援センター・テラ様よりご提供)

施設の中を案内していただきました。

箱庭が2セット用意された部屋、「きょうだいでもいっしょに利用できるように2つ置きました」

(奥側右から)同センターの加賀美理事長、里親支援コーディネーターの高橋さん(社会福祉士)、相談支援員の谷脇さん(精神保健福祉士)

センター設立の経緯〜虐待問題は待ったなし

2020年度における全国の児童相談所での虐待相談対応件数は20万5029件。20万人以上の子どもが虐待を受けていることになります。しかし実は、虐待を受けているのに通告されない、相談もされない「蚊帳の外」の子どもたちはその数倍いる、と加賀美理事長は言います。

欧米では日本より約30年前(1960年代)から子ども虐待問題に取り組んでいる背景があるため、実際の虐待件数は報告の値に近づいているといいます。統計で見ると、アメリカの子ども虐待報告件数は300万件、イギリスは50~60万件、カナダは30万件。その結果から、先進国では人口のおよそ1%程度の子どもが虐待を受けているという実態が見えてきました。日本にこの割合を適応すると、日本の人口の1%、127万人の子どもが何かしらの虐待を受けている可能性があります。実際の通告件数と比べ、実に6倍近い乖離(かいり)があることになります。

もちろん、日本と諸外国では子どもを取り巻く社会環境は違うため、単純に1%という割合を日本に適応できるかは分かりませんが、社会的養護や子どもの権利の考え方が決して進んでいるとは言えない我が国にあって、諸外国と比べてこの割合が有意に低いとは考えにくいでしょう。

「日本では顕在化するのに時間がかかっている。現実には、子どもたちの問題は潜在している」と加賀美理事長は言います。

虐待の通告を受けた子どもたちはそのあとどうなるか?

では、虐待の通告を受けた子どもたちはそのあとどうなるか?ここにも問題があるといいます。

20万5029件の虐待通告をされた子どものうち、施設や里親のもとで保護される子どもがたいだい2%程度にとどまります。何故なら、我が国の施設や里親などの受け皿は圧倒的に少ないからです。その数は全国で45,000~50,000人ほど、そのうち毎年空きベッドが出るのがその10%ほどに過ぎないということになります。残る20万人近くの子どもは家庭で育つことになります。

そのため、社会的養護の問題をかかえた家庭で保護者をどう支援していくかが、虐待問題の重要な課題になるのです。

「経済・労働のこと」>「子育てのこと」?

日本の子どもの養育はかなり特殊で、経済を中心とした社会を形成する過程で子どもの成長が犠牲になっている側面がある、とのこと。今更もとに戻すわけにはいかないのなら、日本の乳幼児養育、保育、教育の質をいかに高めていくかが大事、と加賀美理事長は言います。でないと、子どもが国の経済推進の犠牲になってしまう、ということでしょうか(筆者)。

加賀美理事長 「我が国では0~6歳の時期の95%以上の子どもが家庭から外在化され社会システムとしての保育所、幼稚園、認定こども園で育っている。こんな国は日本だけと云っても良い。

それは、1960~70年代高度経済成長を担った金の卵(中卒児)たちに代わって、外国から労働者をいれないで女性に働いてもらうという日本社会にあって、あっという間に保育所を増やした背景があると思います。1960年代まで5,000カ所だった保育所を23,000カ所まで増やしました。『お母さん、働いていますか?』を条件にして子どもを預かる、その後の高学歴社会の進行に伴う共働き家庭の増加と相まって、保育所の利用は増加、定着して行きました。以来保育所は経済や労働の下僕と言われ続けています。

4歳から5歳というとアタッチメント形成の大事な仕上がりの時期ですが、その年齢の子どもたちに対する保育所の職員の配置数は子ども30人に対して1人。これはあまりに少ないです。そうでなければ、家庭経済をきちっと成り立つような仕組みにするか、保育所で子どもを育てる形でいくなら、ちゃんと保育所で子どものアタッチメント形成ができる形にしないといけない。今日の子ども家庭に対してのソーシャルワークの視点が日本社会として希薄です。

今は家庭で子どもが育ちにくい状況にあります。広く虐待が危惧される家庭が増加しています。そういう背景に精通した専門職のプロがいて、ソーシャルワーク的な視点で保育所などが運営されていくことが大事です。経済や労働の僕(しもべ)と言われても仕方ないような保育所、認定こども園のあり方・仕組みを変えていかないと子どもの問題や虐待問題はよくなりません」

施設の経緯や現在の日本の子ども虐待の課題をご説明くださる加賀美理事長(左)

アタッチメント形成

虐待は家庭の養育の問題と考えていい、と加賀美理事長。

前述のとおり、通告され、保護されなかった子どもはそのあとどこにいるかというと、家庭にそのままいる状態です。状況が同じなら、虐待はまた繰り返されてしまいます。そのため、子どもを家庭に置いたまま、その家庭をいかにケアしていくかが国の大きな課題だといいます。

子ども・家庭を、専門スタッフによる見守り、訪問、在宅支援で社会が見守っていく必要があるのです。

加賀美理事長 「家庭の中で子どもがどう養育されるか。それが次の世代の養育行動につながります。だから、世代が変わるごとに虐待の状況も重くなっていってしまう、連鎖してしまうというのが今の日本の状況。親もまたご自分が虐待的対人関係を経て親になっているので、なかなかもとに戻すのは難しいです。親もまた残念な体験をしているわけだから、親をどう支援するかも大事な課題なことだと思います。つまるところ、アタッチメント形成が不十分だったということが大きい」

アタッチメントとは日本語で愛着の容器を指し、子どもの健全な社会的・精神的発達に必要な周囲の大人との信頼関係のことです。アタッチメントは養育者と親密な関係の基に形成され、不十分なあるいは間違ったアタッチメント形成によって、子どもは心理・社会的に問題を抱えるようになると言われています。乳幼児期や幼児など成長段階で必要な種類のアタッチメントが異なり、また、アタッチメントは母親のみしか形成できないというものではなく、養育者を含む複数の人がアタッチメント形成に関われることも分かっています。

保育所、幼稚園、認定こども園の役割

加賀美理事長は、日本の家庭内子ども虐待の未然防止に、保育所、幼稚園、認定こども園の果たす役割に期待すると言います。

加賀美理事長 「なぜ保育所、幼稚園、認定こども園に期待するかというと、少なくとも子どもの脳神経が活発に働いて発達をする時間帯は日中。その時間を保育所、幼稚園、認定こども園で過ごすので、保育所、幼稚園、認定こども園がアタッチメント形成機能をもつ必要があります。家庭でうまくいかなかったとしても、そこを補完できることが求められます。そのため、保育、養育の質量をどう高めるか、これはとても大事なことだと考えています」

保育所、幼稚園、認定こども園の機能を高めることと、在宅支援の両輪が大事だと続ける。

加賀美理事長 「保育所、幼稚園、認定こども園の機能を高めるということと、もうひとつはわれわれのような仕事。家庭にそういった残念な状況があるのなら、在宅支援、訪問サービスで養育モデルを届ける、少なくとも閉鎖空間での養育に踏み込んで社会に繋げるという役割を提供することが必要です。子どもの衣食住が安全に提供される、原始的欲求充足段階を保障するということ。それをなんとか支える手立てができればと考えています。
将来的にはコンビニと同じ数だけ子ども家庭支援センター、子どもの養育コンビニエンスデリバリーシステムの構築が必要です。その役割機能が、これからの保育所、幼稚園、認定こども園等にも求められるでしょう」

地域総合子ども家庭支援センター・テラの役割

地域総合子ども家庭支援センター・テラでは、子ども虐待にまつわることの他、「友達とうまく遊べない」「学校に行きたくない」「家族のことで悩んでいる」などの子ども自身の悩みから「しつけの仕方が分からない」「学校に行かない」「家庭内暴力がある」などの家庭の心配ごとなどを気軽に相談できます。

公認心理師や社会福祉士など経験ある養育の専門スタッフが相談に応じてくれます。

また、訪問支援や心理検査、ショートステイ(市町村との委託契約に基づく)、里親相談支援など、子どもの養育に関わるさまざまな相談ができます。

以上、『地域総合子ども家庭支援センター・テラ』訪問のご報告でした。

加賀美理事長、高橋さん、谷脇さん、この度はお忙しいところお時間いただきありがとうございました。

地域総合子ども家庭支援センター・テラ

所在地:甲府市伊勢三丁目8-8
TEL:055-222-8012
FAX:055-288-8035
E-mail:terra-kodomokatei+y-risyou.net (+は@に変えてください)
受付時間:9:00~17:30

廣瀬集一取材同行・小田和賢一

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